今年の6月中旬。
イタリアを旅してました。
スイスから来て、ベネチア→フィレンツェ→ナポリ→シチリア→ローマ。
シチリア島だけ、陸続きじゃないんですね。
でも行かないという選択肢はないので!
何で行こうかな、と電車の時刻表を眺めていると・・・ありました。
最終23時45分ナポリ発、翌朝シチリア着の電車。
電車でシチリア島に行く?どうやって?海底トンネル?
なんて思いながらも、出発前日に切符を買いにナポリ・チェントラーレ駅へ。
おお、窓口閉まってる。ストか何かで自動券売機しか開いてない・・・。
券売機が英語表記だったかイタリア語だったかは覚えてませんが、
(その辺、だんだんどうでも良くなってくる)
寝台車、明日夜、一人、シチリア、と検索。
、、、2等寝台は売り切れかー。
(この時は、2等車以下が安くなるフリーパスを持っていたんです)
一番安い6人掛けボックス席なら、辛うじて空いてました。窓際ゲット。
フリーパスで割引後のお値段、3ユーロ。360円!
ボロいユースホステルでも15ユーロ取られるのに(^^;)
ワクワクとドキドキとハラハラがごちゃ混ぜなカンジです。
ちゃんと予約出来てるかなー?
6人掛けの寝台ってどんなん?寝台なのに掛けって何?
そもそもコレほんとにシチリア行きで合ってんのかな?
結局、まーいっか!と。
翌日。
丸一日ナポリ市街で時間を潰し、入り浸った飯屋"Da Giovanni"(「男の子・少年」の意。怪しい?)
の旦那にエスプレッソアイスとタバコを奢ってもらい、別れの挨拶もそこそこに
駅のベンチに行って大人しく電車を待つ事にしました。
来た来た、パレルモ(シチリア島最大都市)行き。
チケットの座席番号を探すと、・・・こりゃ寝台じゃないわー。
昔の東海道線のボックスシートみたいな席があって
6人掛けで既に5人座ってます。狭そうにしながら。
すいませーん。ペルメッソ。グラッツェー。
向かいはスーツにハットの紳士、隣はイヤホンで音楽ガンガンの青年。
斜向かいの中年夫婦がちらちら見てくる。何?
暑いから窓を開けたら、走ってる電車の騒音がものすごい。閉める。
閉めると暑い。開ける。うるさっ!は~っ・・・バタン。
電車は、途中10~20分毎に駅に停まって人を下ろしていきます。
電車の通路に立っていた人たちも、家路についていったようです。
日本の通勤電車と同じなのかなー。
うちのボックスも、僕と斜交いの中年夫婦だけになりました。
何度かダンナと目が合う、目を逸らす。ちらちら。
でっかいパンを勧められたものの、何となく気乗りせず断ります。
アンちゃんパレルモまで? ―うん。
中国人? ―いや、日本人。
そんな感じで二言三言交わし、硬いシートに横になったのは既に2時過ぎ。
どんどん意識が落ちていく中、電車がスピードを落とし、オレンジ色の光に包まれていくのが見えました。
・・・トンネルの中?いや、停まった・・・?
窓越しに見える景色は、どうやらフェリーの中だったようです。
電車ごと船の中へ、そしてそのままシチリア島へ。
次に目覚めた時は、海岸線を少し下に見下ろしながら海沿いを走っていました。
やっぱり東海道線だ、コレ。湯河原とか根府川あたりでしょ(笑)
黒かった空は藍色に、そしてどんどん明るい青になっていきます。
うとうとしているうちに、パレルモに到着。あいたた、あんな席で寝たから体中痛いわー。
まずは今夜の宿探しからかな。観光案内所は・・・?
そんな訳で、便利なフェリー寝台・3ユーロの旅はどうでしょうか?^^)v
↑おまけ グロット・アズーロ(青の洞窟) ナポリから船を乗り継ぎ数時間!
↑ナポリ路地。看板が落ちかけてるのは映画館です、一応。
↑ナポリ美術館にて。小さい頭がいっぱい・・・
↑パレルモ到着!
↑これこれ、この青だよ!↓
↑レンタルチャリ。ペダルがたがた、タイヤすかすか、籠ボロボロだけど、これもネタ。
↑で、チャリで海岸線を走り始めると、にわか雨。狙い撃ち。
↑番外編、サンタンジェロ城の大道芸人。近くを観光客のおばちゃんが通ると「ワッ!」てやる(笑)
2010年12月15日水曜日
旅の最初にして最大のトラブル
今夏の旅、最初の国はスペインでした。
現地でお金の引き出しをどうするか、出発前に調べていたら
「キャッシュカードの裏に"PLUS"のマークがあるものは
海外ATMで使えます」と旅行書に書いてありました。
それを鵜呑みにして、銀行に問い合わせもせずに飛び出していったのですが。
マドリッドの宿に着いた翌日、意気揚々と 銀行のATMに下ろしに行きました。
が、どうも上手くいかない。
「あんたのカードはout of serviceだよ」とつれない表示が出るばかり。
丸一日、町中のATM巡りをしても結局どこも同じでした。
手持ちの現金は、数日分の宿代・食費のみ。
んなバカな、だってカードの裏に"PLUS"って書いてあるし!
宿のご主人に相談すると、スペイン広場の裏に旅行会社JTBの
マドリッド支店があるから行ってみろ、と言うので
翌日聞きに行く事にしました。
調べた住所のビルに入ると・・・
あれ?JTBないじゃん。
フロントの守衛に訝られながら、本当はここにあるはずの11階まで上がってみると
ドアの前に張り紙がありました。
「JTB○○のオフィスは移転しました。新住所は~~~、、、」
仕方ないのでふらふら歩いて行くことに。
行き過ぎたり、戻り過ぎたりしながら辿り着いたオフィスは
古いヨーロッパ風のアパートメントで、やたら重い玄関ドアを押し開け
大理石の階段を上っていった3階にありました。
オフィスで相談に乗ってくれた人は、オフィスアワーが終わっているのに
現地の銀行や金融機関に電話して聞いてくれました。
それによると、"PLUS"マークのカードでも使えるものと使えないものがある、らしいと。
それ以上は銀行に聞いてみないと分からない、との事でした。
さー、困ったぞ(笑)
3日目になるその日も、そんなドタバタで夜を迎えてしまいました。
初夏のスペインは日が長く、22時頃ようやく暗くなってくるのです。
頭は混乱したまま宿に戻ったのは、21時を過ぎていました。
なけなしの手持ち金で買ったフランスパンとハムを、朝にかじっただけなのに
脳がハイで空腹を感じない、何となくアブナイ感じです。
また翌日。
今度は在マドリッド日本大使館にヘルプを求めに行きました。
お巡りさんに「○○(通りの名前)アッチ?」指差しながら聞くと
「ハポン?ハポン?@*&$%#}=.<~!!」とまぁ・・・。
ハポンはJAPONのスペイン語、すなわちジャパン。
通りの名前を聞いたら、大使館に行くと思われたみたいです。
なんかまっすぐ行って2個目を左、みたいなニュアンスだったような。
大使館は外壁が高く、中は見えません。
ブザーを鳴らすと・・・沈黙。
もう一度鳴らすと・・・・・・沈黙。
しつこく鳴らしまくってやると、ガチャッと鍵が開きました。
ドアを開け入っていくと、マッチョメンな用心棒が手荷物をX線でチェックします。
その後、IDカードを渡されて入館。
中は至って普通のオフィス然とした建物でした。
先客は、中年女性1人と若い夫婦。
少し待たされてから呼ばれて事情を話すと、日本からの送金方法を教えてくれました。
ブラジルのイタウ銀行が行っている、マネーグラムという送金サービスです。
日本にいる家族に、送金と同時に国際キャッシュカードの発行もお願いして
やっと旅を続けられる事となりました。
結局一人じゃなんも出来ないのか・・・と思い知らされたこの件。
そして、思ったより世界って狭いんだなー、とも。
自分の命を預けるような時は、本に書いてある事を鵜呑みにしてはいけないという
ごく当たり前の教訓も身に染みました(^^;)
書いているうちに、色々記憶が蘇ってきました。
3ユーロ(360円)で寝られる寝台列車、
ベネチアの路地裏に座り込んで、ギリシャ人(←ザル。)と安ワインを飲んだ夜、
南仏の宿のテラスでスペインの修学旅行生に囲まれたり(ウルサイ!笑)
ナポリの食堂の若旦那とメル友になったり(実はウクライナ人、パーティーではピアノ弾き語りロシア語イタリア語ドイツ語を話す)
初めて行った(そして今後も縁遠い)三ツ星レストランなどなど。
それらはまた後日。
現地でお金の引き出しをどうするか、出発前に調べていたら
「キャッシュカードの裏に"PLUS"のマークがあるものは
海外ATMで使えます」と旅行書に書いてありました。
それを鵜呑みにして、銀行に問い合わせもせずに飛び出していったのですが。
マドリッドの宿に着いた翌日、意気揚々と 銀行のATMに下ろしに行きました。
が、どうも上手くいかない。
「あんたのカードはout of serviceだよ」とつれない表示が出るばかり。
丸一日、町中のATM巡りをしても結局どこも同じでした。
手持ちの現金は、数日分の宿代・食費のみ。
んなバカな、だってカードの裏に"PLUS"って書いてあるし!
宿のご主人に相談すると、スペイン広場の裏に旅行会社JTBの
マドリッド支店があるから行ってみろ、と言うので
翌日聞きに行く事にしました。
調べた住所のビルに入ると・・・
あれ?JTBないじゃん。
フロントの守衛に訝られながら、本当はここにあるはずの11階まで上がってみると
ドアの前に張り紙がありました。
「JTB○○のオフィスは移転しました。新住所は~~~、、、」
仕方ないのでふらふら歩いて行くことに。
行き過ぎたり、戻り過ぎたりしながら辿り着いたオフィスは
古いヨーロッパ風のアパートメントで、やたら重い玄関ドアを押し開け
大理石の階段を上っていった3階にありました。
オフィスで相談に乗ってくれた人は、オフィスアワーが終わっているのに
現地の銀行や金融機関に電話して聞いてくれました。
それによると、"PLUS"マークのカードでも使えるものと使えないものがある、らしいと。
それ以上は銀行に聞いてみないと分からない、との事でした。
さー、困ったぞ(笑)
3日目になるその日も、そんなドタバタで夜を迎えてしまいました。
初夏のスペインは日が長く、22時頃ようやく暗くなってくるのです。
頭は混乱したまま宿に戻ったのは、21時を過ぎていました。
なけなしの手持ち金で買ったフランスパンとハムを、朝にかじっただけなのに
脳がハイで空腹を感じない、何となくアブナイ感じです。
また翌日。
今度は在マドリッド日本大使館にヘルプを求めに行きました。
お巡りさんに「○○(通りの名前)アッチ?」指差しながら聞くと
「ハポン?ハポン?@*&$%#}=.<~!!」とまぁ・・・。
ハポンはJAPONのスペイン語、すなわちジャパン。
通りの名前を聞いたら、大使館に行くと思われたみたいです。
なんかまっすぐ行って2個目を左、みたいなニュアンスだったような。
大使館は外壁が高く、中は見えません。
ブザーを鳴らすと・・・沈黙。
もう一度鳴らすと・・・・・・沈黙。
しつこく鳴らしまくってやると、ガチャッと鍵が開きました。
ドアを開け入っていくと、マッチョメンな用心棒が手荷物をX線でチェックします。
その後、IDカードを渡されて入館。
中は至って普通のオフィス然とした建物でした。
先客は、中年女性1人と若い夫婦。
少し待たされてから呼ばれて事情を話すと、日本からの送金方法を教えてくれました。
ブラジルのイタウ銀行が行っている、マネーグラムという送金サービスです。
日本にいる家族に、送金と同時に国際キャッシュカードの発行もお願いして
やっと旅を続けられる事となりました。
結局一人じゃなんも出来ないのか・・・と思い知らされたこの件。
そして、思ったより世界って狭いんだなー、とも。
自分の命を預けるような時は、本に書いてある事を鵜呑みにしてはいけないという
ごく当たり前の教訓も身に染みました(^^;)
書いているうちに、色々記憶が蘇ってきました。
3ユーロ(360円)で寝られる寝台列車、
ベネチアの路地裏に座り込んで、ギリシャ人(←ザル。)と安ワインを飲んだ夜、
南仏の宿のテラスでスペインの修学旅行生に囲まれたり(ウルサイ!笑)
ナポリの食堂の若旦那とメル友になったり(実はウクライナ人、パーティーではピアノ弾き語りロシア語イタリア語ドイツ語を話す)
初めて行った(そして今後も縁遠い)三ツ星レストランなどなど。
それらはまた後日。
2010年12月6日月曜日
2010年11月29日月曜日
出荷最盛期
実に20日ぶり・・・。
リンゴ農園は、収穫・荷造り・出荷のピークが続いています。
暗くなるまで収穫したら、リンゴをベルトコンベアで流して
手作業で箱詰めしていく繰り返し。
ひとつひとつ、傷や腐敗がないかチェックしながら
等級・大きさ別により分けていきます。
「一日一個のリンゴは医者を遠ざける」なんてことわざがあるらしいですが
いやいや。風邪気味。完全に風邪。
朝はマイナス4度ぐらいまで冷えるようになってきて
雪国の洗礼を受けています(^^;)
毎日配達される「日本農業新聞」には
最近TPPの文字が載らない日はありません。
経済「連携」協定・・・。
逆らえない流れに流されて、日本はどのように変わっていくのか。
世界の中で、どんな役割を担っていくのか。
霜を踏みながら、収穫は続きます。
リンゴ農園は、収穫・荷造り・出荷のピークが続いています。
暗くなるまで収穫したら、リンゴをベルトコンベアで流して
手作業で箱詰めしていく繰り返し。
ひとつひとつ、傷や腐敗がないかチェックしながら
等級・大きさ別により分けていきます。
「一日一個のリンゴは医者を遠ざける」なんてことわざがあるらしいですが
いやいや。風邪気味。完全に風邪。
朝はマイナス4度ぐらいまで冷えるようになってきて
雪国の洗礼を受けています(^^;)
毎日配達される「日本農業新聞」には
最近TPPの文字が載らない日はありません。
経済「連携」協定・・・。
逆らえない流れに流されて、日本はどのように変わっていくのか。
世界の中で、どんな役割を担っていくのか。
霜を踏みながら、収穫は続きます。
2010年11月9日火曜日
2010年10月24日日曜日
2010年10月17日日曜日
シルバーシート
リンゴの実の周りの葉を摘み続けて2週間。
葉摘みが終わった畑から、順次 銀色の反射シート「シルバー」を敷いていきます。
そして風でめくれないように、端をピンで打っていく作業。
これで、リンゴに上下から光が当たるようになりました!
綺麗に色づいてくれますように・・・
休みの今日は、フラッと日本海に行ってきました。
信州中野から、新潟は上越の港町、直江津(なおえつ)まで約70km。
冬は銀世界になるであろう妙高高原を抜けて、山道を右へ左へ。
紅葉はまだですねー。
そして、直江津の海岸に到着。ぶらぶら、あてもなくぶらぶら。
気づくと、細かい流木がいっぱい流れ着いています。
近くでで竜巻?があったみたいですが、そのせいでしょうか。
ついつい拾ってきちゃいました(笑)
これ、根っこです。
他にも、合計20本ぐらい。なんかできないかなー。
秋の夜長に、流木アートなんてのも。
葉摘みが終わった畑から、順次 銀色の反射シート「シルバー」を敷いていきます。
そして風でめくれないように、端をピンで打っていく作業。
これで、リンゴに上下から光が当たるようになりました!
綺麗に色づいてくれますように・・・
休みの今日は、フラッと日本海に行ってきました。
信州中野から、新潟は上越の港町、直江津(なおえつ)まで約70km。
冬は銀世界になるであろう妙高高原を抜けて、山道を右へ左へ。
紅葉はまだですねー。
そして、直江津の海岸に到着。ぶらぶら、あてもなくぶらぶら。
気づくと、細かい流木がいっぱい流れ着いています。
近くでで竜巻?があったみたいですが、そのせいでしょうか。
ついつい拾ってきちゃいました(笑)
これ、根っこです。
他にも、合計20本ぐらい。なんかできないかなー。
秋の夜長に、流木アートなんてのも。
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